AIは情報、人間は「物語」:地域の歴史・文化を未来に繋ぐ役割
AI時代における「情報」と「物語」
AI技術の進化は、私たちの仕事や生活に大きな変化をもたらしています。特にデータ分析や効率化の分野では目覚ましい進歩が見られ、自治体業務においてもAIの活用が進むと考えられます。AIは膨大なデータを素早く処理し、客観的な情報や傾向を導き出すことを得意としています。
しかし、地域にはデータや統計だけでは捉えきれない、大切なものがあります。それは、その土地に根差した歴史、文化、人々の想い、そしてそこで営まれてきた日々の暮らしといった「物語」です。AIがどれほど進化しても、地域の空気感や、住民一人ひとりの心の中にある微細な機微、世代を超えて語り継がれる無形の価値を完全に理解することは難しいでしょう。
AIが「情報」を提供し、人間が「物語」を理解し、紡ぎ出す。この二つの要素を組み合わせることが、これからの地域づくりにおいて非常に重要になります。
データだけでは見えない地域の「本質」
AIが示す客観的なデータ(例:人口減少率、高齢化率、産業別の生産額など)は、地域の現状を把握するための強力なツールです。これにより、客観的な課題や可能性が見えてきます。
一方で、データだけでは見えてこない「なぜ」があります。なぜこの地域は人口減少が続いているのか? なぜこの産業が衰退しつつあるのか? 逆に、なぜこの地域に特定の文化や祭りが色濃く残っているのか? そこには、長い時間をかけて積み重ねられてきた歴史的な背景や、人々の価値観、地域ならではの人間関係といった、データには数値として現れない多くの「物語」が深く関わっています。
例えば、ある地域の観光客数が減少しているというデータがあったとします。AIはこのデータから「プロモーション不足」「競合地域の台頭」といった分析を行うかもしれません。しかし、地域の職員であれば、かつて賑わっていた商店街の歴史や、その土地ならではの伝統工芸が廃れつつある現状、あるいは住民が抱える「よそ者に地域文化を知られたくない」という複雑な感情といった「物語」を知っているかもしれません。これらの物語こそが、データに深みを与え、真の課題解決や魅力発掘のヒントとなるのです。
自治体職員に求められる「地域の物語キュレーター」としての役割
AIが情報収集や分析の多くの部分を担うようになると、自治体職員には、その情報に地域の「物語」を重ね合わせ、意味付け、活用していく役割がより強く求められるようになります。これは、単にデータを利用するだけでなく、地域の歴史書や古文書を紐解いたり、高齢者から昔の話を聞いたり、祭りや行事に参加して肌で感じたりといった、人間ならではのフィールドワークやコミュニケーションを通じて、地域の奥深い部分を理解する活動です。
例えるならば、自治体職員は「地域の物語キュレーター」あるいは「編集者」のような存在になるのではないでしょうか。AIが集めた膨大な情報という素材を基に、地域の歴史や文化という視点を加えて編集し、住民や外部の人々にとって意味のある、共感を呼ぶ「物語」として提示していくのです。
この役割は、地域のアイデンティティを明確にし、住民の地域への誇りを育み、さらには外部からの共感や関心を引き出し、新たな繋がりや活動を生み出す力となります。データに基づいた論理的な施策立案はもちろん重要ですが、そこに地域の物語という血肉が加わることで、人々の心に響く、持続可能な地域づくりが可能になるのです。
不安を希望に変える:人間の「物語る力」
AIの進化に漠然とした不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。「自分の仕事はAIに取って代わられるのではないか?」と。しかし、AIに効率化される部分は、むしろ人間が「地域の物語」に深く関わり、それを未来に繋ぐという、より創造的で人間らしい仕事に時間を使えるようになる可能性を秘めています。
地域の歴史や文化を理解し、そこから価値を見出し、新しい形で表現していく「物語る力」は、人間に固有の素晴らしい能力です。AIはデータ分析から最適な答えを導き出すかもしれませんが、地域の人々の心に響くメッセージを生み出し、共に未来への希望を描くのは、感情や共感を持つ人間の役割です。
データと物語、AIと人間。それぞれが得意なことを持ち寄り、互いを補完し合うことで、データだけでは描けない、豊かで人間的な未来を地域と共に創造していきましょう。地域の歴史や文化というあなたの足元にある「物語」の中にこそ、AI時代におけるあなたの未来の役割と、地域をさらに輝かせるためのヒントが隠されているのです。